海底ケーブルはなぜ世界情勢の焦点になるのか?
ホルムズ海峡の海底ケーブルをめぐる報道を入口に、インターネットの見えないインフラが、なぜ安全保障や経済の問題になるのかを整理します。
インターネットは、空から届いているように見えるかもしれません。
スマホは無線でつながりますし、衛星通信のニュースも増えています。
でも、世界をまたぐ通信の大部分は、実は海の底を通っています。
海底ケーブルです。
2026年5月、中東メディアのThe Nationalは、イランがホルムズ海峡を通る海底インターネットケーブルに対して、料金や規制を課す可能性があると報じました。報道によれば、これによって地域の修理作業が止まったり、将来の障害復旧が遅れたりする懸念が出ています。
ホルムズ海峡と聞くと、まず思い浮かぶのは原油やLNGかもしれません。
ただ、今回の話はエネルギーだけではありません。
データの通り道も、同じように地政学の影響を受けるということです。
この記事では、海底ケーブルを「通信技術の話」としてではなく、世界情勢を支える見えないインフラとして見ていきます。
海底ケーブルとは何か
海底ケーブルは、海の底に敷かれた光ファイバーケーブルです。
国と国、大陸と大陸をつなぎ、インターネット通信、金融取引、クラウドサービス、国際電話、企業のデータ通信などを支えています。
ITUは、海底ケーブルが世界のインターネット通信の約99%を運んでいると説明しています。Internet Societyも、海底ケーブルは世界の大陸間インターネット通信の大部分を支える基盤だとしています。
つまり、私たちが海外のニュースサイトを見るとき、海外のサーバーにアクセスするとき、オンライン会議で別の国の人と話すとき、その通信は海底ケーブルを通っている可能性が高いのです。
スマホが無線だからといって、通信全体が空を飛んでいるわけではありません。
スマホから基地局までは無線でも、その先は地上の光ファイバーや海底ケーブルにつながっていきます。
なぜホルムズ海峡が注目されるのか
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ細い海峡です。
原油輸送の要所として有名ですが、地域の通信にとっても重要な場所です。
The Nationalの記事では、International Cable Protection Committeeの説明として、ホルムズ海峡には複数の海底ケーブル区間があり、周辺国の通信と国際ネットワークをつなぐ役割を持つとされています。
ただし、ここで注意したいのは、「ホルムズ海峡が止まると世界のインターネット全体が止まる」という話ではないことです。
同記事では、TeleGeographyの分析として、ホルムズ海峡を通る帯域は世界全体の国際帯域の1%未満だとも紹介されています。
つまり、世界全体から見れば、ホルムズ海峡だけでインターネットが崩れるわけではありません。
それでも問題になるのは、地域にとっては大きな影響があり得るからです。
中東、南アジア、欧州をつなぐ通信ルートは、いくつもの海峡や海域を通ります。
上の概念図で見ると、データの流れも船の航路と同じように、狭い場所を通りながら各地域へ広がっていることがわかります。
どこかで障害が起きても、別のルートへ迂回できるように設計されていますが、迂回すれば通信が遅くなったり、コストが増えたり、修理に時間がかかったりします。
インターネットは、壊れない仕組みではありません。
壊れても止まりにくいように、何重にもしている仕組みです。
紅海のケーブル障害が示したこと
海底ケーブルのリスクは、ホルムズ海峡だけの話ではありません。
2025年には、紅海で複数の海底ケーブルが損傷し、アジア、中東、アフリカの一部でインターネット接続に影響が出ました。
APは、商船のアンカーがケーブルを傷つけた可能性が高いと報じています。対象には、Europe India Gatewayなど複数のケーブルが含まれていました。
ここで重要なのは、ケーブル障害の多くが、映画のようなサイバー攻撃や軍事作戦だけで起きるわけではないことです。
TeleGeographyは、海底ケーブルの故障は珍しいものではなく、漁業や船のアンカーなどの人間活動が大きな原因になると説明しています。
ただし、偶然の事故であっても、場所が悪ければ世界経済に影響します。
クラウドサービスの遅延。
国際送金や金融取引への影響。
企業活動の停滞。
政府機関や公共サービスの通信不安。
ニュースや情報へのアクセス低下。
海底ケーブルは、普段は意識されません。
でも、切れた瞬間に、どれだけ社会がそこに依存しているかが見えてきます。
なぜ修理が難しいのか
海底ケーブルは、壊れたらすぐに直せるものではありません。
まず、どこで障害が起きたのかを特定する必要があります。
次に、ケーブル修理船を現場へ向かわせます。
そして、海底からケーブルを引き上げ、損傷部分を修理し、再び海底へ戻します。
天候、海の深さ、周辺国の許可、船の空き状況、治安、政治的緊張。こうした条件が重なると、修理は数週間単位で遅れることがあります。
だからこそ、ホルムズ海峡のような地域で、修理作業への規制や追加コストが議論されると、通信事業者やクラウド企業は警戒します。
問題は、「ケーブルが一本あるかどうか」だけではありません。
壊れたときに直せるか。
別のルートへ逃がせるか。
その地域の政治状況が修理を妨げないか。
ここまで含めて、通信インフラの安全保障になります。
衛星通信では代わりにならないのか
ここで疑問が出ます。
では、衛星通信で代わりにできないのでしょうか。
答えは、部分的にはできます。
衛星通信は、島しょ部、山間部、災害時、船舶、軍事用途などでは非常に重要です。地上のケーブルが届きにくい場所をつなぐ力があります。
しかし、世界全体の大量データ通信を支える主役は、今も海底ケーブルです。
理由は、容量、速度、コストです。
TeleGeographyは、光ファイバーケーブルは衛星よりも大量のデータを低コストで運べると説明しています。
衛星通信は重要ですが、海底ケーブルの完全な代わりではありません。
むしろ、これからの通信インフラは、海底ケーブル、陸上ケーブル、衛星通信をどう組み合わせて冗長性を作るかが大事になります。
海底ケーブルは誰のものなのか
もう一つ面白い点があります。
海底ケーブルは、国がすべて持っているわけではありません。
TeleGeographyによれば、かつては通信会社の共同事業が中心でしたが、近年はGoogle、Meta、Microsoft、Amazonのような大手テック企業も、新しい海底ケーブルへの重要な投資者になっています。
つまり、世界の通信インフラは、国家だけでなく、民間企業にも大きく支えられています。
ここが、現代の世界情勢らしいところです。
海底ケーブルは、国家安全保障の問題です。
同時に、クラウド、動画配信、SNS、AI、金融、企業活動を支える民間インフラでもあります。
政府だけでは守れません。
企業だけでも守れません。
だから、海底ケーブルをめぐる議論では、国家、通信会社、クラウド企業、国際機関、沿岸国が複雑に関わります。
海底ケーブルを見ると世界地図の見方が変わる
世界情勢というと、国境、軍事、資源、外交を思い浮かべることが多いです。
でも、海底ケーブルを見ると、別の世界地図が見えてきます。
どの国が通信の通り道になるのか。
どの海峡がデータのチョークポイントになるのか。
どの地域で修理船が動きやすいのか。
どの企業がケーブルを持っているのか。
どのルートが迂回路になるのか。
これらはすべて、ニュースの裏側で効いています。
ホルムズ海峡は、エネルギーの通り道であると同時に、データの通り道でもあります。
紅海やバブ・エル・マンデブ海峡も同じです。
海の上では船が動き、海の下ではデータが動いています。
その両方が、世界経済を支えています。
まとめ
海底ケーブルは、普段ほとんど意識されないインフラです。
でも、世界のインターネット、金融、クラウド、政府通信、企業活動は、その見えないケーブルに大きく依存しています。
ホルムズ海峡をめぐる報道は、海底ケーブルが単なる通信設備ではなく、地政学の一部になっていることを示しています。
大事なのは、「世界のインターネットがすぐ止まる」と不安をあおることではありません。
むしろ、インターネットは複数ルートで支えられているから強い。
でも、その強さは自然に存在するものではなく、ケーブルを敷き、守り、修理し、迂回路を作る人たちの仕組みによって成り立っています。
海底ケーブルを見ると、現代の世界情勢は、軍艦や石油タンカーだけでなく、光ファイバーでも動いていることがわかります。
参考にしたページ
- The National: Fears of Middle East internet cuts over Iranian threat to undersea cables in Strait of Hormuz
- ITU: Submarine cable resilience
- TeleGeography: Submarine Cable FAQs
- Internet Society: Enhancing the Resilience of Submarine Internet Infrastructure
- AP: Commercial shipping likely cut Red Sea cables that disrupted internet access, experts say